
50歳を過ぎたすべての方へ、内視鏡医から伝えたいこと
作家の東野圭吾さんが、大腸がんのため68歳で亡くなられたことが報じられました。
『白夜行』『容疑者Xの献身』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』など、数々の作品を通じて多くの人に驚きと感動を与えてくださった東野さんの訃報に、深い悲しみを感じています。心よりご冥福をお祈り申し上げます。(TBS NEWS DIG)
私たち内視鏡診療に携わる医師にとっても、今回の報道は非常に残念で、重く受け止めざるを得ないものでした。
なぜなら大腸がんは、すべてではありませんが、がんになる前の段階で発見し、取り除くことができる可能性がある、数少ないがんの一つだからです。
もちろん、東野さんがいつ診断を受け、どのような検査や治療を受けていたのかは公表されていません。したがって、「早く検査を受けていれば助かったはずだ」といった推測をすることはできません。
それでも、この訃報を一過性のニュースとして終わらせず、50歳を過ぎた皆さんに大腸がんについて知っていただくことは、内視鏡医としての責務だと考えています。
大腸がんは、今や「欧米人に多い病気」ではありません
かつて大腸がんは、肉や脂肪を多く摂取する欧米、特にアメリカに多く、日本人には比較的少ないがんと考えられていました。
しかし、食生活や生活習慣の欧米化、高齢化などを背景に、日本の大腸がんは増加しました。
ここで「日本とアメリカの有病率が逆転した」と表現されることがありますが、医学的には、年齢構成の異なる国を比べるため、年齢調整罹患率や年齢調整死亡率で比較するのが適切です。
国立がん研究センターによると、日本の大腸がんの年齢調整罹患率は人口10万人当たり36.6例、年齢調整死亡率は11.3人で、国際的に見ても高い水準です。
特に重要なのは死亡率の推移です。1980年代の日本は、アメリカなどより大腸がんの死亡率が低い国でした。しかし、その後アメリカでは検診や大腸内視鏡検査の普及などを背景に死亡率が大きく低下した一方、日本の低下は緩やかでした。その結果、直近の国際比較では、日本の大腸がん死亡率は欧米諸国より高い水準になっています。(国立情報学研究所)
つまり、現在の大腸がんは、決して「欧米人の病気」ではありません。
日本人こそ、真剣に向き合わなければならない病気です。
日本では、毎年15万人以上が大腸がんと診断されています
日本では2023年の1年間に、15万4,039人が新たに大腸がんと診断されました。2024年には、5万4,416人が大腸がんで亡くなっています。
大腸がんは、日本人が最も多く診断されるがんの一つであり、がんによる死亡の主要な原因でもあります。(国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方向けサイト)
大腸がんになる人は40歳代から増え始め、特に50歳代以降、年齢とともに急速に増加します。(国立情報学研究所)
そのため、50歳を過ぎた方は、症状の有無にかかわらず、すでに大腸がん検診の中心となる年齢に入っていると考えてください。
大腸がんの多くは、ポリープから始まります
大腸がんには、正常な粘膜から直接発生するタイプもありますが、多くは「腺腫」と呼ばれる良性のポリープが少しずつ大きくなり、遺伝子の異常を重ねながら、数年から十数年かけてがんへ進展します。
この過程は、医学的には「腺腫・がん連続説」あるいは「adenoma-carcinoma sequence」と呼ばれています。
大腸内視鏡検査では、大腸の粘膜を直接観察し、将来がんになる可能性のあるポリープを発見できます。大きさや形によっては、その場で切除することも可能です。
つまり大腸内視鏡は、単に「すでにできたがんを探す検査」ではありません。
将来の大腸がんの芽を、がんになる前に摘み取る検査でもあるのです。(国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方向けサイト)
もちろん、内視鏡検査を受ければ大腸がんを100%防げるわけではありません。平坦で見つけにくい病変、急速に進行する病変、検査と検査の間に発生するがんもあります。
それでも、質の高い大腸内視鏡検査を受け、必要なポリープを切除することは、大腸がんの発症リスクを下げるための極めて重要な手段です。
早期の大腸がんは、ほとんど症状がありません
大腸がんが進行すると、血便、便秘や下痢、便が細くなる、腹痛、腹部膨満、貧血、体重減少などの症状が現れることがあります。
しかし、早期の大腸がんやポリープの多くには、ほとんど症状がありません。(国立情報学研究所)
「毎日便が出ているから大丈夫」
「おなかは痛くないから大丈夫」
「血便を見たことがないから大丈夫」
これらは、大腸がんがないことの証明にはなりません。
症状が出るのを待つということは、がんがある程度進行するまで待つことになりかねないのです。
早く見つかれば、内視鏡だけで根治を目指せることがあります
大腸がん全体の5年相対生存率は69.9%ですが、治療成績は発見された段階によって大きく異なります。(国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方向けサイト)
がんが粘膜または粘膜下層の浅い部分にとどまり、リンパ節転移の危険性が低い早期がんであれば、開腹手術を行わず、大腸内視鏡による切除だけで根治を目指せる場合があります。
一方、がんが大腸の壁の深部へ入り込んだり、リンパ節、肝臓、肺などへ転移したりすると、腸の切除手術、抗がん剤治療、放射線治療などが必要になります。治療による身体的、精神的、社会的負担も大きくなります。(国立情報学研究所)
同じ「大腸がん」でも、
ポリープの段階で見つかるか。
内視鏡で切除できる段階で見つかるか。
転移してから見つかるか。
この違いは、その後の人生を大きく左右します。
便潜血検査だけで安心しないでください
日本では、40歳以上の方を対象に、毎年の便潜血検査が行われています。
便潜血検査は、便の中に微量の血液が混じっていないかを調べる検査です。簡便で負担が少なく、大腸がんによる死亡を減らす効果が認められています。
しかし、便潜血検査は「大腸にポリープやがんがないことを証明する検査」ではありません。
ポリープや早期がんがあっても、検査をした日に出血していなければ陰性になることがあります。特に、出血しにくいポリープを便潜血検査だけですべて見つけることはできません。
便潜血検査が陽性だった方は、「痔だと思う」「もう一度検便をして陰性なら大丈夫」と自己判断せず、必ず大腸内視鏡検査を受けてください。
また、便潜血検査が毎年陰性であっても、大腸がんの家族歴、過去のポリープ、血便、貧血、便通の変化などがある方は、内視鏡検査について医師へ相談する必要があります。(国立情報学研究所)
50歳以上で、まだ一度も検査を受けていない方へ
私は、50歳以上で、これまで一度も大腸内視鏡検査を受けたことがない方には、ぜひ一度、検査について医師へ相談していただきたいと考えています。
特に、次の項目に当てはまる方は、検査を先延ばしにしないでください。
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便潜血検査が陽性だった
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血便を痔だと思って放置している
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便秘や下痢など、最近便通が変わった
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便が以前より細くなった
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原因不明の貧血を指摘された
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過去に大腸ポリープを切除した
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親や兄弟姉妹に大腸がんになった人がいる
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これまで一度も大腸内視鏡検査を受けていない
一度検査を受けた後の検査間隔は、ポリープの有無、数、大きさ、病理結果、家族歴などによって異なります。正常だった方が毎年内視鏡を受ける必要はありません。
また、75歳以上の方では、年齢だけで一律に判断するのではなく、これまでの検査歴、持病、全身状態、予想される利益と検査リスクを考え、個別に相談することが大切です。
内視鏡医として、最も悔しいこと
私たち内視鏡医が日々感じるのは、大腸がんそのものに対する無力感だけではありません。
「数年前に検査を受けていれば、ポリープの段階で切除できたかもしれない」
「便潜血陽性を放置しなければ、もっと早く見つけられたかもしれない」
「症状がない時期に一度、内視鏡を受けていただけていたら」
そのように感じざるを得ない患者さんに出会うことが、何よりも悔しいのです。
今回の東野圭吾さんの訃報について、個別の経過を知らない私たちが「防げた」と申し上げることはできません。
しかし、大腸がんによって大切な命が失われたという報道に接するたび、私たち内視鏡医は、まだ検査を受けていない方へ、もっと早く大腸内視鏡の重要性を伝えなければならないと強く感じます。
50歳を過ぎた皆さんへ
大腸がんは、決して珍しい病気ではありません。
そして、大腸がんは必ず防げる病気でも、必ず治る病気でもありません。
それでも、
がんになる前のポリープを切除できることがある。
早期なら内視鏡だけで根治を目指せることがある。
進行する前に見つければ、治療の負担を大きく減らせることがある。
これは、大腸がんという病気の非常に重要な特徴です。
50歳を過ぎて、まだ一度も大腸内視鏡検査を受けたことがない方。
「忙しいから来年にしよう」
「下剤が大変そうだから受けたくない」
「症状がないから、自分は大丈夫だろう」
そう考えて検査を先延ばしにしないでください。
大腸内視鏡検査を受ける目的は、病気を見つけて怖い思いをすることではありません。
これから先も健康に暮らすために、がんになる前の病変、治せる段階の病変を見つけることです。
今回の悲しい報道を、ご自身とご家族の健康を見直すきっかけにしていただきたいと思います。
50歳を過ぎたら、一度は大腸内視鏡について考えてください。
そして便潜血検査が陽性だった方は、決して放置せず、必ず精密検査を受けてください。
それが、私たち内視鏡医から皆さんにお伝えしたい、切実な願いです。