帯状疱疹ワクチンの「シングリックス」は、帯状疱疹と帯状疱疹後神経痛を予防するワクチンです。最近、このワクチンを接種した人では、認知症や心筋梗塞・心不全・脳梗塞なども少なかったという研究結果が、NatureやNature Medicineなどに相次いで報告されています。
では、シングリックスを「認知症予防ワクチン」と考えてよいのでしょうか。
現時点の結論は、認知症や心血管疾患を減らす可能性は有望ですが、まだ確立した効能とはいえません。帯状疱疹の予防効果は確立していますが、認知症・心血管疾患への効果は、主として診療データを用いた観察研究や自然実験で示された段階です。
この記事では、期待できる点と、まだ断定できない点を分けて解説します。
シングリックスとは?
シングリックスは、帯状疱疹ウイルスの表面にあるgEというタンパク質と、免疫反応を高めるAS01Bアジュバントを組み合わせた「組換えワクチン」です。生きたウイルスを含まないため、接種によって帯状疱疹を発症するワクチンではありません。
通常は2か月以上の間隔を空けて、筋肉内に2回接種します。
厚生労働省によると、組換えワクチンの帯状疱疹予防効果は、接種後1年で9割以上、5年時点でも約9割、10年時点でも約7割とされています。帯状疱疹後神経痛に対しても、接種後3年時点で9割以上の予防効果が報告されています。
認知症リスクを下げる可能性
Nature Medicine 2024:シングリックスと旧生ワクチンを比較
2024年のNature Medicineには、米国で帯状疱疹ワクチンが旧来の生ワクチンから組換えワクチンへ急速に切り替わった時期を利用した研究が掲載されました。
それぞれ約10万4,000人の集団を比較したところ、組換えワクチンを受けた人は、生ワクチンを受けた人より、その後6年間の認知症診断リスクが低いという結果でした。
研究では、組換えワクチン群で「認知症と診断されずに過ごす時間」が17%増加し、後に認知症を発症した人では、診断までの期間が平均164日長くなったと推定されています。女性で関連がより強い傾向も認められました。
重要なのは、比較相手が未接種者ではなく、認知症リスクを下げる可能性が以前から示されていた生ワクチン接種者だったことです。その生ワクチンよりも、シングリックスを中心とする組換えワクチンで低い認知症リスクが示されました。
Nature 2025:帯状疱疹ワクチンで認知症が約20%減少
2025年のNatureには、ウェールズの公費接種制度における生年月日の境界を利用した「自然実験」が報告されました。
接種対象になる人と、わずかな生年月日の違いで対象にならない人を比較したところ、帯状疱疹ワクチンを実際に受けた人では、7年間の新規認知症診断が相対的に約20%低下したと推定されました。
この研究で使用された中心的なワクチンは、現在のシングリックスではなく旧来の生ワクチンです。しかし、単に「健康意識の高い人ほどワクチンを受ける」という偏りを抑えやすい研究設計であり、帯状疱疹ワクチンと認知症リスク低下の関係を補強する重要なデータです。
なぜ認知症が減る可能性があるのか
考えられている仕組みには、次のようなものがあります。
- 水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化に伴う神経炎症を抑える
- 帯状疱疹による全身炎症や血管障害を減らす
- 無症状のウイルス再活性化を抑える
- AS01Bアジュバントによる免疫調整作用が影響する
ただし、どの仕組みが中心なのかはまだ確定していません。
心筋梗塞・心不全・脳梗塞も減る?
2026年のNature Medicineには、米国で旧生ワクチンから組換えワクチンへ切り替わった時期を利用し、60歳以上を対象に最長7年間追跡した研究が報告されました。
組換えワクチンを主に受けた集団では、旧生ワクチンを主に受けた集団と比較して、虚血性心疾患・心不全・虚血性脳卒中を合わせた心血管疾患負担が9%少ないという結果でした。
個別にみると、研究上の関連は次の通りです。
| 評価項目 | 組換えワクチン群で認められた関連 |
|---|---|
| 心血管複合項目 | 9%減少 |
| 虚血性心疾患 | 10%減少 |
| 心不全 | 12%減少 |
| 虚血性脳卒中 | 男性で12%減少 |
| 心房細動 | 7%減少 |
帯状疱疹を発症すると、炎症や血管内皮障害、血栓形成などを介して、発症後一定期間の脳卒中・心筋梗塞リスクが上昇すると考えられています。ワクチンが帯状疱疹やウイルス再活性化を防ぐことで、こうした心血管イベントも減らしている可能性があります。
「認知症や心筋梗塞を予防する」と断言できない理由
今回の研究は非常に興味深く、単純な観察研究よりも偏りを抑えた「自然実験」の手法が使われています。それでも、認知症や心血管疾患の予防を目的とした無作為化比較試験ではありません。
そのため、現時点では次のように整理するのが適切です。
- 帯状疱疹・帯状疱疹後神経痛の予防効果:確立している
- 認知症リスク低下:複数の大規模研究で一貫した結果があり、有望
- 心血管リスク低下:新しい大規模研究で示されたが、今後の確認が必要
- 日本で承認された効能:帯状疱疹の予防
したがって、患者さんには「認知症を防ぐために必ず接種しましょう」ではなく、次のようにお伝えするのが正確です。
シングリックスは、まず帯状疱疹と帯状疱疹後神経痛を防ぐためのワクチンです。最近、認知症や心筋梗塞・心不全・脳梗塞も少なくなる可能性が報告されていますが、これらは現時点では追加的に期待される効果です。
副反応は?
シングリックスは免疫反応が強く起こるため、接種部位の痛み、赤み、腫れに加え、筋肉痛、疲労、頭痛、発熱などが比較的よくみられます。多くは数日以内に改善します。
頻度は不明ですが、ショック、アナフィラキシー、ギラン・バレー症候群なども報告されています。強いアレルギー症状、呼吸困難、意識状態の異常などがあれば、速やかな医療対応が必要です。
どのような人が接種を検討する?
日本では2025年度から帯状疱疹ワクチンが定期接種化されました。年度内に65歳になる方に加え、2025~2029年度の経過措置として、年度内に70・75・80・85・90・95・100歳になる方なども対象です。60~64歳で、HIVによる一定の免疫機能障害がある方も対象になります。
対象年齢、接種費用、助成制度は自治体や年度によって異なります。過去に帯状疱疹を発症した方や、以前ワクチンを受けた方についても、接種歴や体調を確認したうえで個別に判断します。
まとめ
シングリックスは、帯状疱疹と帯状疱疹後神経痛に対する高い予防効果が確立している組換えワクチンです。
さらに近年、接種者では認知症の診断が少なく、心筋梗塞・心不全・脳梗塞などの心血管疾患も少ないという研究が相次いでいます。特にNatureやNature Medicineに掲載された自然実験は、これまでの単純な観察研究より因果関係に近づいた重要な報告です。
ただし、認知症や心血管疾患の予防は、まだシングリックスの正式な効能ではありません。まずは帯状疱疹予防を接種の根拠とし、認知症・心血管リスク低下は「今後期待される付加的な利益」と説明するのが適切です。
茅ヶ崎信愛クリニックでは、年齢、基礎疾患、接種歴などを確認し、帯状疱疹ワクチンについてご相談いただけます。
※本記事は一般的な医療情報を提供するもので、個別の診断・治療を目的としたものではありません。
よくある質問
シングリックスは認知症予防ワクチンですか?
いいえ。日本で承認されている目的は帯状疱疹の予防です。認知症リスクを下げる可能性は複数の研究で示されていますが、認知症予防を目的とした正式な効能ではありません。
心筋梗塞や脳梗塞を防ぐ目的だけで接種すべきですか?
現段階では、心血管疾患だけを目的に接種を決めるだけの確立した証拠はありません。一方、対象年齢であれば、帯状疱疹と帯状疱疹後神経痛の予防だけでも接種を検討する十分な理由があります。
生ワクチンとシングリックスのどちらがよいですか?
シングリックスは2回接種が必要で、接種後の痛みや発熱などが比較的多い一方、帯状疱疹の予防効果が高く、持続期間も長いことが特徴です。生ワクチンは1回接種ですが、免疫機能が低下している方には使用できません。年齢、基礎疾患、費用を含めて選択します。
参考文献・公的情報
- Taquet M, et al. The recombinant shingles vaccine is associated with lower risk of dementia. Nature Medicine. 2024;30:2777-2781.
- Eyting M, et al. A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia. Nature. 2025;641:438-446.
- Taquet M, et al. Recombinant shingles vaccination and the risk of cardiovascular disease. Nature Medicine. 2026.
- 厚生労働省.帯状疱疹ワクチン
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